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プリントスキルは写真家に必要か

  • 執筆者の写真: 松龍
    松龍
  • 6 日前
  • 読了時間: 7分

写真家にプリントスキルは必要なのだろうか。


プリントスキル

デジタル写真をプリントするとき、私たちはPCからプリンターに指令を出す。

その時には、


用紙を選ぶ。

サイズを決める。

カラープロファイルを選ぶ。

プリントボタンを押す。


すると、プリンターが動き出し、インクが吹かれ、紙の上に写真が現れる。


すごく単純化すれば、

「紙を選んで、ポチっとするだけ」

である。


暗室で印画紙に露光し、薬品の中で像が浮かび上がるのを待ち、覆い焼きや焼き込みをしながら調整していた時代に比べると、デジタルプリントには身体的な介入が少ないように見える。


OSがある。

プリンターメーカーのドライバーがある。

プリンターファームウェアがある。

プリンターハードウェアがある。

メーカーが設計した範囲がある。


その中で、私たちは出力している。


もちろん、カラーマネジメントは必要だ。

モニターとプリントの差を理解する必要もある。

紙に合ったICCプロファイルを使う必要もある。

ノズルチェックも必要だし、解像度やシャープネスも確認しなければならない。


けれど、それでも多くの場合、デジタルプリントはメーカーが用意した安全な範囲の中で完結している。


用紙が同じならだれが印刷してもほとんど同じプリントになる。

写真家がプリントに介入する余地は、紙選び以外にもうほとんど残っていないのだろうか。



メーカー推奨値は、プリントにおけるPモードである


カメラには撮影するときにPモードがある。


Pモードで撮れば、たいてい失敗しない。カメラが露出を判断し、シャッター速度と絞りの組み合わせを決めてくれる。


それは便利だ。

とくに、シャッターチャンスを優先する撮影では、Pモードが正解になることもある。


街で出会った一瞬。

子どもの表情。

移動する光。

予測できない出来事。


そのとき、設定に気を取られるより、反応することを優先したほうがいい場合がある。


だから、Pモードで撮ることが悪いわけではない。

Pモードでしか撮れない傑作もある。

Pモードがいまだにカメラにあるのは、求められているからであろう。


問題は、Pモードしか知らないことである。


絞りを開けると、何が起きるのか。

シャッター速度を遅くすると、何が変わるのか。

ISOを上げることで、何を得て、何を失うのか。

露出を少し暗くしたとき、写真の気配はどう変わるのか。


それを知ったうえでPモードを選ぶのと、知らないままPモードに任せるのでは、同じPモードでも意味が違う。


プリントも同じではないかと思う。


メーカー推奨の用紙設定。

標準のインク量。

自動の紙送り。

推奨プロファイル。

標準の乾燥設定。


これらは、プリントにおけるPモードである。

失敗しにくい。破綻しにくい。多くの人にとって、十分にきれいなプリントが得られる。

写真データがもつ表現を存分に引き出してくれる。


だが、それは安全な中央値でもある。

作品の限界を攻めているとは限らない。




正しく出ることと、作品になることは違う


メーカー推奨値を使えば、写真は正しく出力される。



が、正しく出ることと、作品になることは違う。


写真家が求めているのは、いつも「正しさ」なのだろうか。

黒をもっと沈めたいことがある。

白を少し濁らせたいことがある。

紙の表面をもっと感じさせたいことがある。

逆に、紙の存在を消して、像だけを浮かび上がらせたいこともある。


インクが乗りすぎているように見える状態が、作品にとって必要な重さになることもある。少し浅い黒が、記憶のような距離をつくることもある。


写真はデータのままでも存在できる。

SNSで見られ、Webで共有され、プロジェクターで投影されることもある。


だが、プリントされた写真は、紙という身体を持つ。

その身体が光沢を持つのか。

マットに沈むのか。

繊維を見せるのか。

厚い紙として立つのか。

薄い紙として揺れるのか。

大きく壁に現れるのか。

小さく手元で覗き込まれるのか。

そして、手触りがある。


それは、ただの出力設定ではない。

作品の存在形式である。



プリンターには、まだ触れる場所がある


そういう僕も、モニター上で現像を追い込んだら、その見た目に従った印刷をして良しとしていました。


しかし、最近、上位機種のプリンターには、用紙設定をかなり細かく調整できることを知った。


たとえば、プリンターヘッドの待ち時間。

インクがある程度乾くまで待ってから、紙を送るための設定である。


インクの吐出量も調整できる。

プラス方向にも、マイナス方向にも振ることができる。


さらに、紙送りの方式を変えることもできる。

紙送りのギアの跡が印刷面に残る場合、中央のローラーを使わず、端部だけで紙を送るような設定が有効になることもある。


この他にも、かなり細かくコントロールできる。


こうした設定は、普通にプリントしている限り、ほとんど意識しない。

だが、特殊な紙を使った瞬間に、突然問題として現れる。


紙がこすれる。

インクが乾かない。

ローラー痕が出る。

黒が詰まる。

紙の質感が死ぬ。


そのとき、プリントは「ポチっとするだけ」ではなくなる。

紙とインクと機械の間に、まだ作家が触れる場所があることに気づく。


そして、これらを知っていると仮に、外注で出力する場合も

その指示をだすことができる。作家としてのstyleの幅が格段に広がることになる。


Pモードを否定する必要はない

ここで間違えてはいけないのは、メーカー推奨値を否定することではない。

カメラでも、Pモードで撮ることが最適な場合はある。

シャッターチャンスを最優先する写真家もいる。

マニュアルで露出を追い込む写真家もいる。

撮影時にはあまり追い込まず、デジタル現像でイメージを完成させる写真家もいる。


どの段階で何をするかは、人によって違う。


大事なのは、その人が表現したいことができているかどうかである。


プリントも同じだ。

メーカー推奨値でよいことがほとんど。

多くの場合は、モニターでしっかり現像を追い込んだデータをそのまま出力してほしい。

推奨プロファイルで出すのが、もっとも自然な場合もある。

標準のインク量が、その写真にとって最適なこともある。

紙を選んでポチっとするだけで、作品として成立することもある。


それでいい。

ただし、それは「Pしか知らない」こととは違う。


一度、インク量を変えてみる。

乾燥時間を変えてみる。

紙送りを変えてみる。

紙を変えてみる。


同じ写真を、光沢紙、半光沢紙、マット紙、ファインアート紙に出してみる。


黒の沈み方。

白の残り方。

色の立ち方。

紙の存在感。


これらは、最終的には鑑賞者の体験となって立ち上がるのだ。



プリントスキルとは、何か


では、写真家にとってプリントスキルとは何だろうか。


それは、プリンターを細かく操作する能力だけではない。

すべての設定をマニュアルで追い込む職人技でもない。

プリントスキルとは、

自分の写真が、どのような物体としてこの世界に存在すべきかを判断する能力である。


どの紙に出すのか。

どのサイズにするのか。

どの黒で見せるのか。

どの白を残すのか。

紙の質感をどこまで見せるのか。

どのくらいインクを乗せるのか。

額装するのか。

パネルにするのか。

ブックにするのか。

壁に大きく出すのか。

手元で見せるのか。


それらは、作品のStyleに関わっている。

そして、そのStyleをどう選ぶかは、作品のRuleに関わっている。

プリントは、作品制作の最後にある作業ではない。

作品が世界に現れるときの、最後の体験として提示することだ。


正解はひとつではない。

ただ、自分がどこで表現を引き受けているのかを知る必要はある。


写真家に必要なプリントスキルとは、プリンターを支配する技術ではない。

自分の写真が、どのような身体を持って世界に現れるべきかを考えるための制作リテラシーである。



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