小さな声が聞こえる
- Abox Photo Academy
- 2025年12月29日
- 読了時間: 3分
小さな声が聞こえる時がある。
世界が、いつもより少しだけ近い。
光が、ただの明るさじゃなくなる。
風が、温度と匂いと記憶を一緒に運んでくる。
たぶん、みんなそれぞれにあるのだと思う。
「小さな変化」を感じ取れるゾーンにはいる。
いつもは背景に溶けているものが、前に出てくるモード。
そのときは、写真も少し変わる。
上手く撮れる、という話じゃない。
むしろ逆で、こちらが「撮る」より先に、世界が「渡してくる」。
この話を最初に思い出したのは、僕自身の体験じゃない。
受講生の作品レビューをしているときだった。
講評の流れのなかで、その人がぽつりと話してくれた。
入院闘病を終えて、病院の外に出たときのこと。
街はいつも通りで、みんな普通の顔で歩いていて。
でも、その「いつも通り」が、恐ろしいくらい鮮明に見えたという。
音が大きい。
光が刺さる。
人の速度が速い。
なのに、世界が美しい。
自分と世界の関係が、いとおしい。
たぶん、その人はその日、
“あのモード”に入っていたのだと思う。
似た感覚を、僕は旅先でよく思い出す。

ここからは僕自身の話。
見知らぬ街に立つと、言葉がすぐに役に立たない。
看板の意味も、会話の抑揚も、最初はつかめない。
わからなさのぶんだけ、五感が前に出てくる。
石畳の反射。
右側通行のラウンドロビン。
朝のパンの匂い。
聞いたことのない鳥の声。
風に混じる海の気配。
「理解」より先に、「受け取る」が始まる。
旅の写真が好きなのは、
景色が珍しいから、だけじゃない。
自分の感覚が、勝手に立ち上がるからだと思う。
そのモードに入ると、写真はこういう方向に動く。
・被写体そのものより、距離が写る
・余白は、見えないもので満たされる
・光が明暗じゃなく、温度になる
・説明より先に、気配が残る
・迷いが減る
たぶん、カメラの設定や技術の話じゃない。
世界と自分の接続の仕方が変わる。
感覚が研ぎ澄まされる瞬間、
脳が「デフォルトモードネットワーク(DMN)」っぽい状態に入っているんじゃないか、と思う。
タスクを処理する脳が前面に出ているときとは違う。
“やるべきこと”の画面が閉じて、
代わりに、記憶や感情や身体感覚が、静かに統合されていく感じ。
瞑想をして、宇宙と身体が一体となる感覚だ。
ぼーっとしている、というより、
世界と自分の関係が、勝手に編み直される感じ。
その編み直しの最中に、
小さな声が聞こえるのかもしれない。
もちろん、そのモードは長くは続かない。

日常は音量が大きい。
予定、連絡、締切、段取り。
世界はまた「背景」になっていく。
でも、たぶんそれでいい。
ずっと聞こえ続けたら、生活が成り立たない。
与えられた時間のなかで、多くの成果をOUTPUTしないとならない。
ただ、みんなそれぞれに、小さな声が聞こえるモードがある。
そのときは、五感が研ぎ澄まされた写真が撮れる。
世界は美しい。
自分と世界の関係は、いとおしい。
たまにでいい。
また、あの声が聞こえる日がくる。



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