胎動と共創:写真教室で「名作の誕生」に立ち会うということ
- 松龍

- 2月3日
- 読了時間: 3分
独学で何でも学べる今の時代、あえて「写真教室」という場所に足を運ぶ意味はどこにあるのでしょうか。
露出や構図のスキルアップはもちろん大切ですが、aboxの教室に通う本当の価値は、もっと人間的で、エキサイティングな**「作品が産声を上げるまでのプロセス」**を共有することにあると感じています。

1. 雑多なプリントから始まる「胎動」
aboxの教室の机の上には、毎回、いくつもの多くのプリントが並べられます。
最初は作者自身も何を語ればいいのか分からず、ただ沈黙の中に写真が散らばっている。そんな「言葉に詰まること」からすべては始まります。
しかし、そのバラバラだった断片たちは、回数を重ねるごとに変化していきます。一度の授業で完成することはありません。何度もプリントを入れ替え、順序を変え、対話を繰り返す。その粘り強いプロセスの先に、混沌としていたものが徐々にテーマを帯び、ストーリーを持って形になり始めます。
やがて、最終的に「すごい!」と誰もが感嘆するような表現へと立ち上がってゆく。
その生まれたての作品は、やがて世に出ると、日本や世界のコンペティションで高く評価されるものになることもあります。しかし教室という場では、まだ誰にも知られていない、その「生まれたて」の瞬間を、胎動のような状態から目撃する。これこそが教室に通う醍醐味なのです。
2. 自分の言葉が作品に溶け込む「共創」の喜び
この制作過程の中で、何より素晴らしい体験があります。
それは、自分が仲間に投げかけた言葉やコメントが、その人の作品の中に吸収され、昇華されていく瞬間に立ち会えることです。
「あの時の一言で、この写真の並びが決まった」
「あの視点があったから、このテーマに確信が持てた」
自分の発した言葉が、誰かの作品の血肉となり、完成へと導く力になる。
そこにあるのは、単なる「作者と批評者」の関係ではありません。お互いの感性が混ざり合い、ひとつの表現を磨き上げていく**「共創」**の営みです。
自分のカケラが相手の作品に溶け込み、それが素晴らしい作品として結実するのを見る喜びは、自分の写真を褒められるのとはまた違った、深い感動を与えてくれます。
響き合うプロセスが、自分を強くする
写真は一人で撮るものかもしれません。しかし、作品を「作品」として立ち上げていくプロセスには、他者の眼差しと時間が必要です。
誰かの作品が形を成していく鼓動を肌で感じ、自らもその創造の一部となる。
その圧倒的な熱量を吸収し、自分事として落とし込んでいく経験こそが、自身のモチベーションを維持する最大の原動力になります。
あなたが次に教室で仲間のプリントを前にしたとき、どんな言葉を贈りますか?
その一言が、まだ見ぬ名作の「産声」を助け、あなた自身を新しい表現へと連れていくきっかけになるかもしれません。
共に創り、高め合う場所へ
aboxでは、このように仲間との対話を通じて自分の写真を見つめ直し、確かな「作品」へと育てていくステップを用意しています。
「撮る」だけで終わらせず、世界に羽ばたく表現の第一歩を、私たちと共に踏み出してみませんか?
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