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Abox Photo Academy

Abox People Vol.11「アートフォト講座 Step UPコース」受講生 柴光則さん インタビュー



 

柴光則さん
Abox People 柴光則

釣りと写真をライフワークとして活動され、2024年夏に初の個展を開催予定の柴光則さんにお話を伺いました。

 

聞き手:Abox Photo Academy 講師  松龍

 

【写真を始めたきっかけ

 

松龍:まずは、柴さんが写真を始めたきっかけを聞かせていただけますか。

 

柴:もともと大好きな釣りという趣味があって、写真よりも釣りが先でした。「好きな釣りを撮りたい」「釣りをしている人や自然を写真に収めたい」という単純な思いで、写真を始めました。

 

松龍:それはいつごろからですか?

 

柴:別の教室で松龍先生に教わり始めた、2016年頃からです。釣りは小学生の頃から始めて、いつも父親と2人で行っていました。だんだん大きくなって大学を卒業して、アングラー(釣り人)として独り立ちしていく時期があったんです。で、その時に「やっぱり父と2人で釣りをしていた時間が幸せだったんだなあ」と実感して。

一人の釣りが嫌いなわけじゃないけれど、誰かと一緒に釣りに行くことがすごく大事なことに思えて。そうした時間を撮って残したいな、と。

 

松龍:好きな釣りをずっとやってきたけれど、一人で釣りをすることになって初めて、写真を撮ろうという気になった、ということですね。

 

柴:そうです。ちょうど社会人になったくらいの頃に、写真を始めました。

 

松龍:「釣り」と「写真」を並行し出してからは、具体的にどんな活動をされてきましたか?

 

柴:順風満帆ではなかったですね。最初はわーって、勢いでたくさん撮り始めたのですが、その後、父親が病気になってしまって。大体3、4年間は仕事をしながら父を看ていたので、その間はあまり撮れなかったです。結局、写真を再開したのは2022年に入ってからです。

実は今日は面白い物を持ってきたのですが『リバー・ランズ・スルー・イット(A River Runs Through It)』という映画のパンフレットです。

 

松龍:これ、僕も観ましたよ。

 


リバーランズスルーイットという映画のパンフレット

柴:先日、実家に帰ったときに出てきたんです。90年代前半の映画で、釣りを通して心通わせる家族や兄弟の絆について描いた作品です。映画自体も素晴らしいのですが、このパンフレットに写っているシーンが、ものすごく美しいんですよ。心が和むような家族の写真や、釣りの良さを再認識させられるような美しい一瞬を切り取ったもので、「僕もこんな写真が撮りたい」と思わされるくらい。

 

松龍:「これを今撮りたい」と、最初に教室に通っていた頃は思っていなかったの?

 

柴:当初は思っていなかったといいますか、考えられなかったです。釣った魚を撮ることから始めて、そこに捉われていました。次第に、ただ美しい魚を撮るだけではない、そうじゃない釣りの楽しみ、釣りを通して出会う自然の素晴らしさや、かけがえのない人との絆を写真におさめたいと思うようになりました。

 

松龍:これは前に僕が授業の中で言ったように、釣っている人と撮っている人が別でないと撮れないよね。

 

柴:はい、できないです(笑)

 

松龍:これは昔のパンフレットだけど、いまそこに気が付いて新しい目標ができたね。

 

 

 

 

【釣りとカメラ、それぞれの道具。】

 

松龍:少しだけ話を戻すけど、「釣りのシーンを写真に撮りたい。でも写真は本格的にしたことがなかったので習おう」と教室に来られた。ただ僕の記憶だと釣りや魚以外も撮っていたと思うんですが、あれは「写真を始めよう!」という、勢いで撮った感じですかね?

 

柴:確かにそうです(笑)

 

松龍:もともと釣りの写真が撮りたくて教室に通っていたけど、撮っているうちに違うものにも興味が出できた、ということでしょうか?

 

柴:違うものにも興味はありましたが、どちらかというと生活環境が変わって釣りに行けない時間ができていく中で、生まれた写真かなと思います。どことなく暗いトーンの日常風景とか、街の裏ぶれた感じの対象に興味があった時期ですね。

 

松龍:やっぱり柴さんにとって「釣り」っていうものが、ものすごく重要だとどんどん伝わってきますね。他のものには、眼が行かなかったの?

 

柴:釣りを始めた頃のことは、本当に小さい時で覚えていないです。気づいた時には、もうルーティンだったんですよ。私の家族では、釣りと親子の会話との間にはっきりとした境界線がなくて、一週間のうち一日だけ、きまって土曜日は朝から夕方まで父と釣りに行っていました。今思うと、それは父と会話する大事な時間だったんですね。

そして当時はいろんな種類の釣りをやっていました。海釣りもやっていたし、船にも乗ったし、湖や渓流にも行きました。

 

松龍:お父様はある意味で主導権を持って、釣りなら「何でもござれ」で、柴さんは連れていってもらっていたんですね。その中で現在、ルアーやフライフィッシングをしているのは、どういう過程でそうなったのですか?

 

柴:釣りって大きく考えると、海の釣り、淡水の釣りに分けられます。私の勝手なイメージですが、海釣りって獲物も大きいし、船を借りて大海原に出たりして、どことなく豪快な世界です(笑)。楽しくはあるのですが、ちょっとそれは自分の性格には合っていないかなと思いました。

 

じゃあ淡水の釣りに行こうってなった時に、餌釣りやルアー、フライとか種類が色々あるのですが、どれが自分には面白いのかなと。そして辿り着いたのがフライフィッシングです。この釣りはとても難しいんです。キャスティング、タイイング(毛鉤を巻くこと)は独特で、一朝一夕に身につくものでない。そして自然観察、これこそがフライの哲学そのものだと思うのですが、その時、その場所の水生昆虫の状況を観察し、魚が捕食している虫に近いフライを選ぶ。やればやるほど難しくなっていく。もちろん僕はそれを大いに楽しんでいるのですが、ただ、もう一つ醍醐味があって。フライフィッシングには、”嬉しい誤算”があるんですよ。

 

柴:釣り人の思いもしないような流れで、信じられないような大物がフライにライズする(喰いつく)。予期せぬような出来事が起こるんですね。それがものすごく面白いです。

 


柴さんへのインタービュー

松龍:なるほど。餌釣りにはそうした予想外なことはないの?

 

柴:餌釣りは、どちらかというと、釣り人が「今ここに魚がいるだろうな」って狙って、魚の鼻っ面に餌を持っていくことで釣るイメージです。

フライフィッシングって、そもそも人が考えた擬似餌である毛鉤(フライ)を使います。そのフライを流れに浮かべておく静かな時間があって、水生昆虫に似せた魅せ方を演出するのですが、いつも思い通りにいくとは限らない。でも予期せぬ方向にフライが流れていって、それに魚が食いついてくれるっていう誤算はやっぱり嬉しいんですよ。

 

松龍:そういうことか。

 

柴:写真も同じですよね。たくさんシャッターをきって、ごく稀に、予想外に「こんなにスゴイの撮れてる!」っていうのは確かにあるんですね。たまにですが(笑)

 

松龍:いろんな種類の釣りをお父さんとやってみた結果として、フライフィッシングが一番ハマったということですが、それはいつ頃ですか?

 

柴:中学生の時に、父と一緒にお店に行ってフライタックル(道具)を買ってもらったのが始まりです。その時は、一目惚れしたアメリカ製のフライロッド(釣り竿)を背伸びして買ったせいで、お小遣いが無くなってしまって(笑)。見かねた父がリールとライン(釣り糸)を買ってくれました。その後も、ルアー、船釣り、ヘラブナ、鮎などさまざまな釣りを経験する中で、「これも楽しい」「あれも楽しい」となりました。ただ大人になって釣りに行く時間も限られてくる中で、どれかを集中してやろうと思ったときに、フライフィッシングが今の自分には合っているなと。

 

松龍:写真も釣りも道具を使うじゃないですか。自分と道具の距離感などで違いとか似たところってありますか?

 

柴:正直、カメラと釣りの道具を同じ次元で考えられないんです……。釣り道具にはものすごく拘っていて。いまロッドビルダー(釣竿を作る職人)さんにバンブーロッド(竹竿)を作ってもらっているんです。その方は一人で二年かけて、一本の竿を作るんです。「どこで何を釣るか?」から考えて、材料となるバンブー(竹)を選んで、どうやって加工していくか……。テーパーっていうんですけど、曲がり具合とか、デザインをどうするかとか、使い手と二人で話し合って作っていくんです。そうなると、世界に一本のロッドができる、それで魚を釣るまでの時間が楽しいんですよ。そんな道具で釣れたら、釣りはもっと楽しい。

 

松龍:確かに。

 

柴:そういう道具はやっぱり嬉しいし、欲しくなりますよね。写真の道具に対しても同じような思いはあります。カメラの選び方に関しては、結構単純な話になっちゃうんですが、CMで宮崎あおいさんがオリンパス(現OMデジタルソリューションズ)を持って旅に出るシリーズもののテレビCMがあって。

 

松龍:そうそう、あの頃のカメラ業界は絶頂期だったね。

 

柴:あのCMは世界観がとても良かったと思うんですよ。旅に出る。写真を撮る。そして「発見の旅に出よう」というキャッチフレーズ。カメラはこれがいいな、と。

 

松龍:たしかにカメラの場合はオーダーで作るってありえない。一人の職人だけでは作れないですからね。

 

柴:そうですね。

 


二人でパンフレットをみながら

松龍:カメラは半導体からソフトウェアから、大勢で作るから一人ではつくれない。釣り竿は多分たったひとりでゼロから全部作れるんですよね。そこが釣りと写真の道具の違いの一つかと思いますけど。

あと、オリンパス好きっていうのは、山歩きとか魚釣りをするには軽くてコンパクトで良いっていうのもあるね。

 

柴:多少濡れても平気なので、雨の中でガンガン撮る自分に合っています。

 

松龍:防塵防滴が強いしね。カメラ女子っぽい、チャラっとしたようなイメージがあるけど、ヘビーデューティーで低温にも強かったりするんですよね。

そこが ある意味オリンパスの巧さというか、「小さくて軽くて好き」っていう人にもちろん支持されるけど、もうちょっとハードに使いたい人たちにも、「意外にいいぜ」みたいな道具だよね。

 

 

【写真のために釣竿を置くことができるか】

 

松龍:いま、アングラーとして、なりたい姿というのはありますか。

 

柴:あります。釣りの楽しさを人と共有したいのはずっと変わらないのですが、まだ触れたことのないような釣りの楽しみや魚との向き合い方を、人に伝えたいという思いがあります。

 

松龍:釣りの世界って「自分が大きいものを釣りました」とか、「たくさん釣れました」っていう世界に捉われがちだけど、ただ自慢するんじゃなくて、楽しみ方を共有できるインフルエンサーというか、発信者みたいなものになりたい、ということでしょうか。

 

柴:発信の量や広さを求めているわけではないんです。今おっしゃった通り、 釣りの楽しさって、釣った魚の大きさや数だとか……「どうだ!」って他者と比べるものだけではないと思うんです。釣りを通じた人との出会い、一尾を釣り上げるまでの苦悩や釣れた時の喜び、自然の美しさや恐ろしさ……そういった釣りを通して抱くさまざまな想いがある。それを共有したいですね。

 

松龍:では、いまAboxに通われて、アングラーかつ写真を撮る人として伺いますが、それを両立できる写真家として、目標はどんな感じでしょう。

 

柴:まずは釣り人に喜んでもらえる写真を、きちんと撮れるようになりたいです。ただその先に目指すのは、自分が本当に美しいと思う感性を写真に焼きつけて、人を惹きつけられるような作家です。ある意味アート寄りの道を歩むことになるかもしれませんが、その二つが混在していますね。

 

松龍:釣り人から喜んでもらえる写真っていうのは?

 

柴:どうしても記録的な写真が多い世界なので、魚が綺麗に写っているとか、釣りの光景が美しく撮られていて、シャープでくすみが無いとか、そういう世界です。

 

松龍:自分が竿を持って釣りをする一方で、こういう写真(『リバー・ランズ・スルー・イット』の映画のパンフレットにあるメイキングシーン)が撮れるということは、また違うということですか?

 


釣り竿をカメラに変えることができるか

柴:釣りと撮影の両方をやっていきたいけど、最終的には自分が本当に美しいと思う世界観で、釣りってこういう風な楽しみもあるよねとか、その価値観を伝えていくことに写真を学びながらチャレンジしたいです。僕にとっての写真は、わからないことだらけの世界を新しく捉え直して、おもしろがる方法としてあって。それが人に伝わって、共有できることは豊かで幸せなことだと思います。

 

松龍:そうすると、さっきも話したように柴さんが釣っているのではなく、撮影する側にならないと撮れないよね。それは柴さんとしては有りなんですか?

 

柴:まあ、すごく辛いですよね(笑)。人が釣っているのに、自分が釣らずに我慢して撮るって相当辛いですよね。ただ最近は、そうしないと撮れない写真もある、と思っています。

自分が、がつがつ釣りをして「どうだ!」っていうのは、もういいかなと。正直、これまで自然を相手にたくさん釣らせてもらったのかな、と。

 

松龍:そういう心境になってきてるってことだね。

 

柴:そうですね、人が楽しんでる場面を撮るっていうのは、アリです。

 

松龍:川のここに立って、竿を振ったら「この魚くるよね」って、ある一定のレベルまで到達するとわかるようになると思うんです。つまり、釣らなくても釣った気持ちになれる。だから、そこまで到達したら撮る側に集中できるのかなって。

今はまだ両方(釣り人目線と釣りを客観視する目線)をやっているけど、やっぱり「釣り」を撮ろうとすると、竿はおいてカメラを持たないとならないね。

 

柴:本当に思ったものを撮りたいのであれば、やっぱりこっち側(カメラ側)ですね。

 

松龍:先ほどの道具の話しですけど、川に行かなくても、バンブーロッドの話って写真で伝えることができると思いますよね。竿を取り巻くストーリーも、美しさの一部になりえるかなと。そんな写真家でもいいんじゃないかなって思う。

 

【写真と釣りの共通点】

 

(「リバー・ランズ・スルー・イット」の映画のパンフレットを見ながら)

 

夕日の川面に

松龍:この当時の映画、いいですね

 



柴:映画の名前になってるんですけど、川の「流れ」って、やっぱり釣り人の心をくすぐる何かがあるんですよね。釣り人のまなざしは、いつも流れの中にあって、そこでは水が流れ、風が流れ、時がゆっくりと流れていく。嬉しかったこと、悲しかったことも流れていく。川の虜になる理由が、家族や人生といった、私たちの現実と重なるんです。

 

松龍: 確かにそうだね。海も波という動きはあるけど、流れはないもんね。川は流れる。

 

柴:結構釣りと写真って 似てるなと。やっぱり最近、そう思います。

 

松龍:どこら辺が似てる?

 

柴:やはり嬉しい誤算が一番似ています。何枚撮っても、「こんなにスゴイの撮れるんだ」って写真がごく稀に出てくる。釣りも結局、それを求めてやっているんじゃないのかなって。

 

松龍:来た!っていう感じだよね。狙って思ったとおりのが撮れても、なんか全然嬉しくないというか。

 

柴: 毎年釣りをしていれば、何をやれば釣れるのかって、次第に分かってきます。

ただ、それをずっと繰り返していくと、ひたすら100mを走っている感覚になってくるんです。一回一回、短い距離を走っては胸でゴールテープを切って、また同じスタート地点に戻っていく。そこより先がない。このルーティンの関係になってきちゃうんです。そこから外れて釣る、撮ることが、僕にとっては重要だな、って最近は思います。

 

松龍:ずっとカメラマンとかじゃなくて、釣り人とカメラマンの役割は交代してもいいと思うんだけど。1シリーズ撮ったら、また釣り人に戻って釣る。それで、思うことがあったら一旦離れてまた撮る、みたいなことを繰り返せると凄く強い作家になるんだろうね。

 

 

 

【これからのこと】

 

松龍:では、大きな目標とまではいかなくても、直近で具体的に計画していることはありますか?

 

柴: 二年前から、釣りの雑誌で写真と文章を掲載してもらう場は頂いていますので、それが継続できるようにしています。気がつくと「もう一本、もう一本」って、何人かの編集者さんから原稿を頼まれて、まだ慣れずにちょっと不思議な感覚です。

 

松龍:締め切りに追われる売れっ子作家さんだね。

 

柴:どちらかっていうと、編集者や読者から評価を得られてきているのは、最初は文章の方だったのだと思います。それが次第に「写真も良いカットが撮れてきたじゃん」と評価されている感じです。

 

 

柴:文章は、読む人が「こういうことって本当にありそうだな」と感じられる風景を捕まえて書くので、そこから伝わるものがあります。それが物語のリアリティとなり、共感を生むのだと思います。写真でも、同じようなやり方ができるようになれば、それ自体が作品になるだろうって思うのです。

今はまだ撮った写真をストーリーの「どこにレイアウトしようか?」っていうような撮り方になっちゃっているので、文章を書くように思い通りに写真を撮れるようになることが、今の目標かもしれないです。

 

松龍:確かにあの雑誌の文章を読むと、文章の世界観に合うバッチリな写真かって言うと……手持ちの画像から選んで持ってきて「うん、良いよね」っていう感じがします。

あれが小説ではなく、エッセイだったら、もっとしっとりしている写真が撮れるんだろうなとか、むしろ釣りの写真じゃなくても良いのかもしれないし。そう考えるとあの雑誌のお仕事の上で、そこはまだやれることがあるかもしれないですね。

 

柴:そうなんです。生み出した文章には編集者から講評がくるんですね。そして、発刊後は読んだ人からの感想がくる。ある時、出版関係の方から言われたのですが、心温まるエンドと感情の小さな起伏といった部分の作風が、漫画の『葬送のフリーレン』に近いと。それで気づきました。客観的に見ると、僕の書く文章って情景描写の解像度は高いのですが、心理描写があっさりしていると。

 

松龍: 確かにそうかもしれない(笑)

 

柴:写真でも「釣り人を撮りたい」と言いながら、深いところまで踏み込んでいない。あっさり撮ってしまっているところがある。もう一歩、釣り人の心理に踏み込んで、無意識の想いまでも写真に焼きつけて、もっと人を惹きつけられるようになりたいと考えています。

 

松龍:Aboxでは写真の技術だけではなく、むしろそういうところに寄り添っていきます。

「なんでそういうふうに撮っているのか」「このアプローチ、どうしてしないの」「このアプローチはもの凄く良い」といったアドバイスしながら、柴さんの持っているポテンシャルを広げていく、そういうことをやっていきたいと思います。

 

(映画のパンフレットを見て)これには道具のアップの写真があまり載ってないけど、一個一個の道具がとても綺麗だと思う。

 

柴:芸術品です。当時の道具は、今は手に入らないですね。

 

松龍:そういうものを撮ってもいいよね。あとは柴さんのいろんな人との関係も。

釣りって一人で出来てるわけじゃなくて、いろんな人との関係の中でなりたっているのを、表現の中に織り込んでいくと良いのかな。

これ、あくまで僕の希望なんだけど、Aboxは作品を作る場じゃなくて、もうここは作家を作る場所だと思うんですよ。最後は柴さんって人を作り出したいです。

写真家とか、それを一つの単語とか職業で言えない、本当に柴さんっていう、その人自体がきちんと立ち上がるようなことをやって行きたいなっていうのが僕の望みです。

いろんなシリーズをたくさん作っていきながら、でも最後の真ん中には、柴さんという個人がきちんといるっていうことになってくると良いかな。

 


インタービューを終えて二人

 

インタビュー写真:大嶋真理子、Abox Photo Academy 事務局

 

 

 


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