デビッド・チャーマーズは「拡張された心」という概念を提案しています。

これは、かけ算を行うときを例に挙げられることが多いです。

たとえば、4×9は自分の頭の中だけで36と計算できますね。

このときは、大脳という自分が働いて答えを考えています。

自分は?と考えたときにあまり疑問を挟む余地がなく、自分の身体を示すでしょう。


さてここで、123×477は?

暗算できる人は極めて少なく、紙と鉛筆もしくは電卓に頼らないと計算結果を得られないですよね。そのときに計算(考えいる心)している、腕、指、目はまだしも、紙や鉛筆、電卓のボタンや液晶はどうでしょうか。これらを総合して計算をしているので、心の動きとして身体が拡張されている。

という考え方ですね。



 これを写真について考えてみると・・・

この10年くらいは撮像素子としての半導体は人間の目を目標に性能を伸ばしてきましたが

この先3年で視力の能力をはるかに超えてきます。

2次元の情報から距離情報が追加されたり、時間を扱えたりしてきます。

真っ暗ななかでも輪郭を浮かびあげられたり、超高速移動しても対象の空間を把握できたり

もはや視力という能力では説明できないくらいになります。被写体への認識力はAIと強く結びつき、クラウド上にある過去のデータを学習していくことになります。ピント、構図、露出、色調、階調、シャッターチャンスなどの概念は無用になります。


 絵画の延長(絵画を描くために利用した)から始まった写真。ラスコー洞窟から最後の審判、印象(日の出)を経てきた絵画の道を追いかけていた写真がここで、種の分離を起こすのです。


 それは、

観たままの情報を共有するとか、感動を伝えて共感するなどの理由でない、

身体の拡張という、これまでとは全く異なった理由で写真が関係性をもってくるということです。

そのときに、貴方は何を撮りますか。



 前提条件がどんどんと急速に変化していくこの時代

世界を疑い、再構築できる能力がもっとも重要な能力の一つになっていくでしょう

拡張された機能を含めて、感じながら考えられる能力を磨いて

作品を提示できれはその作品が蒔いた種が多くの芽をだすでしょう。





 世界の真ん中で、安泰に暮らしているとオセロで裏返される最後のコマになるかもしれませんね。絵画をリファレンスして、写真を評論できる時代は急速に終わろうとしている。

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